· /thoughts · #ポエム

意思決定のために情報収集を行い、問いかける

聞かれたことに適切に返答してくれてとてもありがたいが会話が常にフラットなので、今後はより一緒に考えていけると良い、といったフィードバックをプロダクトマネージャーから過去にもらったことがある。

当時のわたしはプロジェクトに対して自分なりの主張を伝えていたし熱量もあったという自認があり、このフィードバックに対してはどういうことなのかを具体で理解できなかった。理解できないなりにも自分の自認と周囲の見え方は異なるのだなと悲しくなったのを覚えている

それからもこの言葉は頭に残り続けた。このあといくつもの別プロジェクトを進めるたび、果たしてわたしは一緒に考えて行けているだろうか?と思い返してきた。プロジェクトを進める中で同じようなことを伝えられたこともあったし、そうでないときもあった。

そういった経験を経て、当時の自分に足りなかったものを最近少しずつだが理解できてきたと思う。わたしは求められている大きさで意思決定をしていなかったのだ。

例えば、「xxの件は進んでいますか?」、「こういった機能はどれくらいの工数で作れそうですか?」といった質問に対して状況を説明する、必要な情報を渡すことはもちろん必要なこと。必要な情報を渡すことで相手は意思決定ができる。これは当時もおそらくできていた。

一方で、わたしに求められていたのは、どうしてそれを聞かれているのか?という状況を知るための質問だったのではと思う。進捗を気にされたのはどうしてか?機能についての質問は、どういったユーザーフィードバック、あるいはプロダクトの開発方針から出てきたものなのか。

そういった問いかけがわたしが関与できる意思決定を大きくする。これがなくても言われたものを作ることはできる。しかし、なぜ今作るのか、別案を議論のテーブルに上げることは難しい。結果、参加した気になりたくて、議論の際に詳細な作り方や技術スタックといった今ではない話をしてしまう。

自身の意思決定の小ささ、言い換えると視野の狭さ、責任範囲の小ささのようなものを当時のわたしの言葉使いから見透かされていたのではないかと思う。

今でも完全にできてはいない。が、上記の課題は少しはましになっている感覚はある。会社に行くとき、計画を考えるとき、会議のとき、ちょっと足がすくむ場面は増えている。おそらくそんな時、聞かれたこと以上のこと、自分ができることは何かを考えられている時だと思って奮い立っている。